日本芸術 Updated:2009/07/02)
  • 日本芸術の基礎
    • 日本美術の歴史
      • 通史:
        • [2009/1/25]佐藤康弘(2008)『日本美術史』放送大学教育振興会:放送大学学部授業の美術(通)史。著者独自の斜めに構えたものの見方が時々出てきて面白い。この人(東京大学大学院教授)はきっと変わった人だろう。
        • ★★[2007/4/22]佐藤道信(2007)『美術のアイデンティティー:誰のために、何のために』吉川弘文館:1996年の『<日本美術>誕生-近代日本の「ことば」と戦略』で、明治期の日本において美術、芸術など、現在では所与のものとして我々が使っているアート関係の言葉が、その当時の政治社会情勢を背景に以下に意図的に生まれ、また、その後我々の認識の枠組みに如何に影響を与えたかを読み解いた。
          本書ではさらにこの問題を立体的に読みとき、内外(西洋および中国)との横の関係、たての時間では戦前、戦後、現代へと伸ばしている。さらに、人間のアイデンティとの関係から、神を失った現代人(近代以降人)が、産業、科学、自然などとの相対での自己を捉える行為(このあたりは明らかにハイデッガーの「道具論」に近い)が如何に、美術に反映しているかを論じている。 画壇系でなく、グローバルな視点を持つ現代美術系にすっきり二分している。 日本美術と言う視点を総合的にかつ構造的に理論化しようと言う、完成度は100%とはいえないが、意欲的な書。3800円と高いた。
        • (2006/4/1)★★★『日本美術の歴史』、辻惟雄、東京大学出版会、2005年、449㌻; 室町から江戸にかけての日本絵画史が専門の著者が、一人で日本美術の通史を書くという、無謀という業試みた一冊。東北大学などでの講義が土台にあるといえ、これだけ広範囲をかばーするというのは大変なことだ。その反面、総合的に、より客観的にそれぞれの作品を歴史の流れの中で評価できる可能性もある。教科書としても考えられているので、良くまとまっているし、巻末の参考文献、資料なども役に立つ。著者が美術を狭い概念で捕らえず、漫画やアニメも含め、広い心を持っているのは感じられる。
        • ★★『<日本美術>誕生:近代日本の「ことば」と戦略』、佐藤道信、講談社選書メチエ92、1996年、244㌻; 日本美術に関する現代当たり前のように使われている言葉の特に、明治初期における形成史を通し、政治的美術史とも言うべき興味深い論評としてまとめられている。 例えば、<絵画>、<美術>、<工芸>などの言葉、藝大をはじめとする美術団体の創設がよりよく理解できる。
        • ★『ひらがな日本美術史』、新潮社、年~年、橋本治;全4巻の橋本流の日本美術鑑賞エッセイ。作者の時代、個人的背景、製作意図に深く入っていって面白い。それを縦糸とすると、橋本氏個人の好きなものは好きとい う感覚が横糸に入り、全体を構成している。氏は「好きなものを好きでいいじゃん」と、結局美的価値は個人的なもの、と折に触れ伸べ、青山氏のプラトン美感と正反対とのカッコをつけているが、十分に同じ視点で日本美術を総括的に理論化する力を持っていると私はにらんでいる。ここに 橋本氏のように結局人類に素直に貢献できない、全共闘世代の限界を感ずるのは私だけであろうか?
        • (2003/4/20)★『日本美術のことば案内 』日高薫(国立歴史民俗博物館助教授)、小学館、2003年1月、159ページ:分かりにくい日本美術の用語を丁寧に具体的な作品を引用して解説。章立てはモティーフ,技法、表現、鑑賞と保存、基礎用語に分かれている。著者は製作技法、保存に造詣が深いらしく、かなり突っ込んだ解説が加えられている。ここまできたのなら、ことば案内ではあるが、日本美術の理解に欠かせない、材料の特質(本当は科学的物性)まで入れてくれれば嬉しかった。章立てはやや 大きくまとめすぎてぼやけている。もう少し細かくシャープにしたほうがいいかもしれない。
        • (2003/4/30)★★『すぐ分かる日本の絵画 』守屋正彦(筑波大学助教授)、東京美術、2001年3月:一冊で日本美術を俯瞰しようとするとんでもない本。近代美術館の青木繁展で販売されていた。仏教絵画、絵巻物、水墨画、壁画と屏風・襖絵,淋派・文人画・写生画、浮世絵、洋風画、近代の日本画に分けて解説している。はっきり言って非常に分かりやすい。まるで受験参考書風のまとめ方だが、個別の作品・作者については短いがかなり突っ込んだ、こんなこと書いていいのというところまでの、評価もしている。巻末には用語集と知っておきたい144人の画家という付録がついていて親切
        • (2003/6/21)★★『江戸浮世絵を読む』ちくま新書343、2003年、 小林忠;浮世絵研究の第一人者。の著者が新書一冊で浮世絵が分かる、というコンセプトでまとめた一冊。定義、消費者、モチーフ、技法とよく整理されている。浮世絵が社会的システムとして完成され、 同時代の大変能力の高く意欲的な人々を引き寄せていたことがよくわかる。
      • 人物史:
        • 萩こう介(2008)『松林図屏風』日本経済新聞社:長谷川等伯の後半生を、秀吉等の権力者とのかかわり、狩野派との葛藤、親子の争いと絆、を軸に、最後にこの国宝の作成に向けて描いたもの。等伯の弱さ、悩みがよく描けている。
        • 辻惟雄(2008)『岩佐又兵衛』文春新書629:Mixi日記参照。
        • [2008/3/24]狩野博之、森村泰昌ほか(2008)★★★『異能の画家伊藤若冲』 新潮社:ご存じ伊藤若冲のなるほど、モノグラム。作品、手法、時代背景などが、豊富な図解とともにコンパクトにまとめられている。
        • 小笠原京(2007)★『爛漫の時代:浮世又兵衛物語』人物往来社:国宝「婦女遊楽図屏風(松浦屏風)」や「豊国祭礼図屏風」で知られる、安土桃山・徳川初期の実在の人物岩佐又兵衛を中世・近世日本文学の専門家が、史実と創造と創作を織り交ぜて描いた大作。物語の展開は、時として、荒唐無稽のところもあるが、読ませる。着物の描写のち密さ、時の権力者、大商人の美を顕示的に求める姿など、なるほどとも思わせる。
    • デザイン・建築
      • (2006/12/29)★『夢と魅惑の全体主義』井上章一、文春新書526、2006年9月、427㌻: 軍国主義日本の時代建築。ファッショ日本の強制された表象の現われとする一般に流布する説に対し、著者は他のファッショ文化(ソ連、ナチス、ムッソリーニ、中共)の建築と比較し、「そんなことはない。たまたま建築家の好み」ということの実証を試みる。独裁者に対する態度はともかくとし、古今東西、全体主義時代の芸術には何か、私の心を惹かれるものがある。
      • (2005/2/27)★★『デザインのデザイン』原妍哉、岩波書店、2003年、230㌻;:無印商品、愛知万博との関連でも知られるグラフィック・デザイナーの著者が、デザインの歴史、今日的、そして未来的意義について述べたもの。デザインがもの視覚から情報全体へと対象を広げて行くというのが著者の主張。
      • (2004/9/23)★★『日本の近代建築(上・下)』藤森照信(東大建築学科教授:建築史)、岩波新書308・309、1993年11月:歴史的建築に興味を持ちオタク的にその道を極めた著者が、幕末から昭和期にわたる日本の建築の流れを、特に世界 からの影響でのスタイルの流れの観点からまとめた。個別の建築の分析は著者の長年の観察の蓄積が至る所に見受けられ、さらに、近代美術のスタイルの流れと、建築のスタイルが恐ろしいほどに平行し、社会の異なった側面として展開してきたことがわかる。街歩きがより楽しくなる本だ。ちなみに著者は芸術家の赤瀬川源平や美術史家の山下裕二とも友達らしい 。
        • (2005/10/2)★『日本近代建築の歴史』村松貞次郎(東大建築学科名誉教授:建築史)、岩波現代文庫社会111、2005年年4月 (オリジナルは1977年10月): 村松氏は藤森氏の恩師に当たる。東大で特に技術に着目し日本近代建築の歴史を整理してきた。例えば鉄筋コンクリートの導入がどのような影響を与えたか、である。その過程で多くの歴史的建築物が何の検討も無く破壊されてきた現実にも気づいてきた。いくつかの歴史建築保存の先鞭も果たしていたようだ 。
    • 近代・現代の日本美術
      • [2009/7/2]木々康子(2009)『林忠正:浮世絵を越えて日本美術のすべてを』ミネルヴァ書房、2009年:明治初期にフランスに渡り、美術商として、美術評論家とし、浮世絵に限定されず、日本美術を紹介し、ルーヴルにも認めさせ、なおかつ、パリ及びシカゴの万国博覧会でも中心的な役割を果たした男、時として私欲に駆られ日本芸術を打った男と中傷される林の実像に、子孫でもある著者が丹念に描く。日仏の美術交流に限らず、絵画がもっと熱かった印象派の時期のフランスの雰囲気が、ドガ、マネを始め、その後巨匠とされる人々と深い人間的かかわりをもっと吉井を通じて見えてくる。林は時代の先を読み、直言を恐れなかったために、反発を買い、心ない人々に嫌われ、中傷されたともいえる。この構図は、今の世の中でも変わらないものもあるかもしれない。
      • [2008/2/11]吉井長三(2008)『銀座画廊物語:日本一の画商人生』角川書店:銀座吉井画廊創設者・会長による自伝。若いころルオーの絵に魅せられ、画家にも育てられ、活躍をしてきた。画家のみならず、お付き合いをされた文化人の豪華さには驚く。小林秀雄、、今日出海、白洲正子、東山魁夷、梅原龍三郎、谷川俊太郎、志賀直哉などなど。パリ印象派の居城であった「蜂の巣」に模して建物も建てた清里清春芸術村の創設、パリ寝室での日本画の紹介からフランス政府からの勲章授与まで。
      • [2007/11/10]河邑厚徳(2007)『藝大生の自画像:4800点の卒業制作』NHK出版社2007年:岡倉天心らの日本画派を追放した後、藝大の主導権を握った西洋画派の黒田清輝は、藝大の卒業制作と課題とし、自由制作一点と自画像一点という仕組みを発足させた。この自画像はさらに、基本的に、藝大が買い上げ、保存することなった。この結果、明治から平成にかけ、藝大には有名無名の画家の卵たちが、卒業制作の一年間、自己の内面と向きあり、画家とし社会に出ていく意欲を凝縮した、青春の記憶が保存されることとなった。NHKのディレクターである著者は、印象に残る、また、画家として興味深い人生を送った(または、まさに送っている)約90名製作者につき、丹念な調査により、自画像を通し、人生をあぶり出した。明治期の、若者の共通課題であった、西洋にいかに向き合うか、大正デモクラシーの激動、そして、戦争。戦後の女性の進出。それ以降のアートの変遷と藝大生たち。有名な画家の作品は、近代美術館、東京都団大美術館で目にすることができ、立体的に作品を理解する助けになるし、無名画家が、たぶん、世の中に優位つ残した力作も胸を打つ。
      • 「2007/3/27」山口裕美(2007)『芸術(アート)のグランドデザイン』弘文堂:自称「現代アートのチアリーダー」、知り合いでもある、アートプロデューサーの山口裕美さんが弘文堂のウェブサイトrecreで行ってきた対談をまとめたもの。アーティスト、パトロンとして支える企業家、その他の形で係わってきている方々含まれている。 現代アートの社会的意義を何とか整理しようとする努力が感じられる。村上隆の成功をきっかけに、アニメなどのクールジャパンへの注目など、日本の現代アートは若干上げ潮に乗っているともいえる。この流れにも、山口さんの貢献は確かにあり、そんな人が選んだ対談相手が、現代アートと社会の関係をどう捉えているか、垣間見るのは興味深い。 ある意味ではアートは哲学と似ている。「発想は与えるが解決策は示せない」。これを入れ替えて「解決策は示せないが、発想は与える」とより広い人口に認識されたとき、現代アートは日本の文化の中で、より確固とした位置を占めるのではないか、と言うヒントを、本書は与えてくれている。
      • ★★『美術家になるには』村田真、160㌻、ぺりかん社、2002年; 美術家という職業をわかりやすく解説した小品。歴史的にもこの職業を俯瞰するとともに、川俣正、福田美蘭、青木野枝、八谷和彦、大岩オスカール、棚田康司らの成り立ち、日々の生活にも取材をし現実感をかもし出している(2004/8/1)
      • ★★『踏みはずす美術史:私がモナ・リザになったわけ....』森村泰昌、講談社現代新書1404、247㌻、1998年: 絵画、歴史上の人物になりきるユニークな写真作品で知られる森村氏が、自己と美術のかかわりを懐古し、なぜそのような形の芸術に至ったか、またその意味をどのように捉えているのかを明かす(2004/8/1)
      • ★★★『絵かきが語る近代美術:高橋由一からフジタまで』弦書房、2003年、 菊畑茂久馬; 絵画家の菊畑氏が福岡県立美術館で15回にわたって行った講座をもとにまとめたもの。「教科書が決して書かない目からウロコの美術史」と帯に書かれているPRは嘘でない。画家の目から鋭く日本近代美術を平賀源内から、特に戦争画に絡めてフジタまで論じている。油画の歴史、高橋由一、平賀源内、司馬江漢、フェノロサ、岡倉天心、黒田清輝と夏目漱石、ヒトラー、戦争画とフジタ、あまり聞かない裏話と視点が満ち溢れている 。特に戦争画を無理やり描かされていたフジタを、終戦後手のひらを返すように扱った日本社会を尻目に、駐留米軍が芸術家として高く評価し、遇した話は間小津を誘う。その後フジタは日本に見切りをつけ渡仏し、二度と帰ってこなかった(2004/3/6) 。
    • 仏教と美術:仏教美術を理解するには仏教の理解が必要。
      • 『仏教の思想(’05)』木村清孝:仏教思想史。放送大学の科目である。思想の内容にかなり突っ込んでいる体系的なもので人物、著書についても網羅的である。その反面、内容が幅広いことと、抽象的な思想内容に力点が置かれているため、人物については余り厚みが出ていない。といっても、仏教2600年を一冊で吸収するには無理があるのも当然。他の本で補う必要がある(2005/7/31)。
      • ★★★『仏像の見方がわかる小事典』松涛弘道、PHP新書276、2005年5月、299㌻:曼荼羅図をキーとし、悟りの諸段階をあらわす仏像の諸形態を分かりやすく解説している。やや仏教に対する入れ込みが強いため他の宗教の批判がくさいが、非常によくまとまっている(2005/7/31)。
      • 『インド仏教の歴史:「覚り」と「空」』武村牧男、講談社学術文庫1638、2004年2月、301㌻:仏教では日本人には一番分かりにくいインドでの論理的発達。それの解説本。認識論的な複雑な論理体系。こんな面倒くさいことをこんな昔に考えていたインド人は変わった人たちである(2005/7/31)。
      • 『初めてのインド哲学』立川武蔵、講談社現代新書1123、1992年11月、225㌻:仏教はバラモン・ヒンズーとの論理的対立から発達してきた。その理解を深めるためのインド哲学の入門書。はっきり言って、ややこしい(2005/7/31)。
      • 『日本仏教の思想:受容と変容の千五百年史』立川武蔵、講談社現代新書1254、1995年6月、222㌻:仏教の歴史について日本での歴史に集中してまとめてある。前述のインド哲学入門の著者であるため、インドでの仏教哲学の変容が整理されて記述してある。オリジナルを都合のいいように受け入れてしまう、わが国の文化の特徴が見て取れる(2005/7/31)。
    • 漫画
      • 『戦後野球マンガ史:手塚修のいない風景』米沢喜博、平凡社新書154、2002年9月、230㌻:特に戦後、少年の熱狂的支持を受けてきた野球。その野球を題材とした多くの作品をその市場的背景を交えながら暦年的にまとめた労作。社会の中でこのスポーツの捉え方に逆にその社会の有様を垣間見ることができる(2005/8/7)。
      • 『ドラえもん学』横山泰行、PHP新書343、205㌻:日本のみならず、一部の外国も席巻したドラえもん。その発行物とストーリーを丹念に追い、ストーリー。キャラクター構成コンセプトを丁寧に整理した著作。自ら人生を切り開くと、言う成長感が強いアメリカでは、困ったときに助けをするドラえもんは受け入れられなかったという話は興味深い(2005/8/7)。
    • 伝統芸能
      • 文楽
      • 三浦しをん(2007)『あやつられ文楽鑑賞』ポプラ社:ミーハー感覚で、三浦しをんがフン楽を突撃主題。いつの間にか歴史とそのものが感じられる。作家の大阪のノリは文楽のノリと合っているようだ。
    • 音楽
      • 月渓恒子&北川純子&小塩さとみ(2008)『現代日本社会における音楽』放送大学教育振興会:日本でいま実践されている音楽を、近現代史を俯瞰し理解しようという試み。
  • 日本美術と社会の関係
    • 財界人と芸術
      • ★★『三十六歌仙絵巻の流転:幻の秘宝と財界の巨人たち』高嶋光雪・井上隆史、日経ビジネス文庫、2001年6月(単行本は1984年4月)、250ページ:三十六歌仙絵巻は700年前、京極良経書・源信実画(?)で作成された物である。絵画への傾倒で知られる秋田藩領主佐竹家に江戸時代の後半に購入され,以降佐竹本と呼ばれるようになった。没落に伴い佐竹家から大正6年(1917年)売られた絵巻は、その高額さのため原型のまま所有者を見つけることが出来なかった(残りの収集品は千秋文庫にて公開)。そのため三井の総支配人でもあり、古美術・茶道でも知られた益田鈍翁の発案で、第1次世界大戦景気で潤う、財界人たちに歌仙ごとに切り売りされることになった。本書はこの切り売りされた歌仙絵の所有者の変遷を追うことにより、大正・昭和初期の現代の財界人の美術に対する考え方を追うNHK番組の取材をもとにかかれた。この話での興味あるポイントは:
        • 半期のボーナスが現在の貨幣価値で4~5億円といわれた益田鈍翁をはじめとして少数の財界人に大戦景気もあり巨額の富が集中した。
        • これら財界人の日本美術への関心の背景は、財界の社交では現在のゴルフの役目を果たしていた茶道との関心(歌仙絵を持つことが茶人としてのステータスと結びついた)、日本美術保全への責任意識、それに有効な財産保全手段であったことにある。
        • この本に出てくる美術愛好の財界人としては、今では私立美術館としてその収集品が財団移管になっている大原総一郎(大原美術館)、世界救済教(MOA美術館)、出光佐三(出光美術館)、五島慶太(五島美術館)などがある。その他財界人としては松下幸之助、 團琢磨なども含まれている。
        • 昭和4年(1929)年、西本願寺に伝わる秘宝本願寺本三十六家集のうち伊勢集、および貫之集(下)が資金調達のため石山切として分割販売された。それも含め三十六家集の成作当時の姿の再現を試みた日本画家田中親美(しんび)は折りしも絵巻切断の前に益田の命により模写品の作成を行ったその人であった。
    • 外国人の印象:
      • [2007/5/5]★酒井道夫・沢良子編(2007)『タクトが撮ったニッポン』武蔵野美術大学出版局:今年はタウトばやりである。ワタリウム美術館のタウト展、それに係わる各種企画(おかげで念願の熱海日向邸をみることもできた)、そしてこの本。 タウトは来日中もコダックの「ヴェス単」を持ち歩き、多くの写真を撮っている。来日時の台紙89枚に張られた約1400枚の写真を調査した著者が、タウトの日記と照らし合わせタウトの目と、当時の日本の貴重な記録としてまとめた。 同時にタウトが係わったヴィジュアル雑誌『ニッポン』も触れている。 労作である。巻末にはタウトの略歴も記されていて、タウトをそもそも知らない人にも親切になっている。
      • ★★明治日本印象紀: オーストリア人の見た百年前の日本 (Bildr aus Japan)』アドルフ・フィッシャー金森達也・安藤勉訳、講談社学術文庫1524200112月(原著は1897年刊行):ウィーンの裕福な工場主の子に生まれ、日本を含む東洋美術に見せられたアドルフ・フィッシャー 、下に述べるフリーダ・フィッシャーの夫である。結婚前の日本旅行で、天竜下り、知恩院訪問を始め、各地を精力的に旅し、単なる旅行記にとどまらない、その当時の日本人の考え方、芸術感に触れている。経験後まもなく書かれているため、フリーダの著作より詳細で、氏のその瞬間の反応も丹念に描かれている。
      • ★★★明治日本美術紀行:ドイツ人女性美術史家の日記 (Japanisches Tagebuch Lehr- und Wanderjahre)』フリーダ・フィッシャー(Frida Fischer)、安藤勉訳、講談社学術文庫155620027月(原著は1938年、ミュンヘンのブルックマン社より刊行):ウィーンの裕福な工場主の子に生まれ、日本を含む東洋美術に見せられたアドルフ・フィッシャーに嫁いだフリーダが、ケルンに東洋美術館を作る目的で、都合10年間を 東洋に過ごした。この書はそのうち、日本での研鑽、美術品収集の旅を綴った日記である。この時期このような活動をするためには、当時形が整いつつあった帝室博物館(東京・京都・奈良)、権力と財力を集中させ長い時間に渡り美術品を集めていた貴族(黒田家など)・経済人(原三渓・根津嘉一郎・住友家)、そして本来仏教美術があるべきところである寺院(高野山、京都・奈良の寺)、そして東京美術学校(藝大の前進)に深くかかわる必要があった。結果としてこの書は、明治時代の美術界の現状を内側から、なおかつ東アジアの文化(中国・朝鮮半島・日本)の大きな流れをもって捉えるエキサイティングな書となっている。また、夫婦のウィーン分離派との関係など当時のヨーロッパの美術の現状を感じる点でも興味深い。
  • 国外の感性、芸術的流れと日本芸術の関係を論じたもの:
    • (2006/4/8)★『狩野芳崖・高橋由一:日本画も西洋画も帰する処は同一の処』古田亮、ミネルヴァ書房、2006年、321㌻ : 幕末・明治期に西洋文明の一つとして入ってきた西洋美術に対する反応に、その後日本が及び西洋画として整理される、日本美術の流れの源流というべき二人を同時代人として平行し描く試み。著者の最終的結論はこの二つの流れが実は人為的、政治的であるにもかかわらず、現在も美術界、美術教育を規定している、ということである。
    • ★★★『岡倉天心:日本文化と世界戦略』平凡社、2005年、272ページ :ワタリウム美術館が7年にわたり主催した研究会 の成果を基に、2005年、同名の展覧会の図録として刊行されたもの。気合の入った読める図録である(2005/6/8)。
    • ★★★『ワタリウム美術館の岡倉天心・研究会』右文書院、2005年1月316ページ 明治初期の鬼才、岡倉点心に関し、ワタリウム美術館が7年にわたり主催した研究会をまとめたもの。この内容は、同美術館で、2005年2月から6月まで、「岡倉天心展」として開催された。明治初期、貿易商の家に生まれ、英語マスター。13歳で東大に入学し、フェノロサとの邂逅により美術の道に進んだ岡倉。50歳余の生涯のキー・ワードを見ると、東京藝大黎明期へのかかわり、西洋画との確執を背景とする日本美術院の創設、法隆寺壁画をはじめとする日本美術の再発見と調査・保護、ボストン美術館とのかかわり、中国・インドそして圧力を与える西洋列強の中における日本の位置づけ、インドのタゴール等やボストンの社会との交流。とても密であり現代の美術、日本のアジアにおける位置づけなど現代においても多くの影響、問題を与えてくれる。研究会の講義録を基にしているため、それぞれの専門家の研究を背景にしており、非常に興味深い本である(2005/5/4)。
    • ★★『日本の中の朝鮮文化:相模・武蔵・上野・房総ほか』講談社学術文庫1501、2001年6月(単行本は1970年 講談社、1983年に講談社文庫で加筆) :日本の文化に実は多く残る、古代の朝鮮半島からの渡来人の影響を、各地に残る地名、神社の起源などを紀行記的な語り口で綴る。筆者はいわゆるアマチュア研究家であるが、精力的に古代朝鮮と日本との関係を探求して行く(2005/3/6)。
    • ★★『異都憧憬:日本人のパリ、Le Paris des Japonais』2001年7月(単行本は1993年柏書房)、 気鋭の比較文学、比較文化研究者の著者の博士論文を加筆した意欲作。明治維新前後の日本人にナポレオン三世治下のオスマンによるパリの都市建設は日本人に強力な印象を与えた。それのみならず、現代の世界の芸術は20世紀への変わり目の前後数10年にわたり、パリと言う町を通して世界の芸術家に与えた影響によって形作られたとも言える。このまちに日本人がどのような影響を受けたかを、ボヘミアンと言う概念の形成、芸術教育家としての岩村透、永井荷風、高村光太郎、島崎藤村、金子光晴を軸に解き明かしていく。詳細な参考文献、年表などの資料も豊富である(2003/9/12)。
    • ★★『近世アジア漂流』田中優子、朝日新聞社、1995年6月(単行本は1990年?)、前作江戸の想像力をさらに大きな空間的視野で展開した作品。 タイ、ヴェトナム、朝鮮、チェジュ(済州)島などに江戸とのつながりを見る。さらにその先の中国、オランダを中心としたヨーロッパが入り混じる入ってきて坩堝のようにごちゃ混ぜになっていたのが江戸の時代の表徴であったと著者は主張する。このごちゃごちゃはエキゾティズムとエロチシズムという感覚なのだそうだ(2003/1/27)。
    • ★★『江戸の想像力:18世紀のメディアと表徴』田中優子、ちくま学芸文庫、1992年6月(単行本は1986年9月)、316ページ::平賀源内と上田秋成という18世紀後半の日本の両極を体現している二人の人物を軸に展開。(2002/12/27)。
    • ★★『江戸百夢:近世図像学の楽しみ』田中優子、朝日新聞社、2000年6月、167ページ:「今にして思えば、江戸という言葉の狭さの中にこそ、じつは多くのものがうごめいていた。それは未だ、何があってもおかしくない江戸時代、何が起こっても不思議でない都市江戸が、その中にアムステルダムもポルトガルも蘇州も開封も琉球もソウルもジュンガルも含みこみ、百人のお多福と百匹の蝶と百頭の馬と百枚のレンズがそこにはあって、ベルニーニのエクスタシーからフェルメールの新興市民まで、彬派のリアルから東照宮の幻想まで、誰もいない広重の風景からぎっしりあふれる蕭白の世界まで、そういうものを坩堝のように内在させていた-そう考える方が、確かに当たっていたのだ」著書のあとがきにあるように、雑多な表現コンセプト・技法の坩堝として江戸を捕らえると、多くのことが見えてくる。本書は江戸における雑多な図像を楽しむとともに、その社会的背景を大きなスケールで読者に感じさせる。
  • その他
    • [2009/5/2]並木誠士(2009)『絵画の変:日本美術の絢爛たる開花』:16世紀に日本の絵画を大きく変えるいくつかの変化が出た。絵画を権力の象徴とする桃山文化、風俗画の設立など。この16世紀を概観するようにまとめた書だ。
    • [2008/4/11]★猪瀬直樹(2008)『こころの王国』文春文庫(初出は「文學界」2002年4月号~2003年12月号):作家であり文芸春秋の創設・経営者であった菊地寛に、実在したその女秘書の第一人称で迫っていく、猪瀬直樹にしては珍しい表現方法の書。菊地寛の気骨と、ある目的に向かって創造性を発揮するチーム(ここでは文春編集部)を心(が解放された)王国としてなぞ解きをしていく。
    • [2007/5/5]★★斎藤希史(2007)『漢文脈と近代日本:もう一つのことばの世界』日本放送出版会(NHK Books1077):中国語が日本に入り、独自の分野として発達した漢文。その世界を、前著『漢文脈の近代』(名古屋大学出版会)で取り上げた分野に続き語る。頼山陽の「日本外史」から、文明開化と訓読文、文学の近代と始まり鴎外、荷風、潤一郎、漱石と流れを捉える。 著者の見る漢文の構造は、機能性⇔精神性(漢詩);精神性から公(出仕、教義、士人、政治)⇔私(隠逸、詩文、文人、文学)の構造が生まれ、その私から感傷、、閑適、さらに艶情など、明治・大正の(私)文学が生まれる。その源流に、公私のアンビヴァレントな立場、感情を使い分けた中国知識人の源流に対する日本人の理解を見る。 ”希史”とは変わった名前だ。おまけに本の表紙には若手日本画家で、近未来と近世日本を混ぜてユニークに表現する山口晃の「大阪市電百珍園」が使われている。山口晃の表現感覚は、著者と通じるものがあるのかもしれない。
    • [2007/3/17]★香川照之(2006)『日本魅録』キネマ旬報社:異色俳優香川照之がキネマ旬報につき2で連載したシリーズの収録。一緒に仕事をした監督、俳優を素直に感心しほめている。「我々はいつか死ぬ。人はみな死ぬ。…でもそのときに悔いを残したくない...」本音で語った香川と一緒に仕事をした人たちの姿。熱い。
    • (2006/12/9)★『芝居小屋と寄席の近代:「遊芸」から「文化」へ』倉田善弘、岩波書店、2006年9月、242㌻: 「芸能にとっての近代」をたどった著作。西洋の影響と政治の介入が軸となっているが、貧しき芸人の生きるエネルギーを髣髴させる面が強い。芝居、寄席に限らず、芸能全般を語ろうとしている。ベルン条約に始まる著作権に対する日本芸能界の対応は興味深い。
    • ★『明治大正翻訳ワンダーランド』鴻巣友季子、新潮新書138、2005年10月、204㌻: 小公子、フランダースの犬、人形の家など、明治大正の日本文学界及び、日本社会に多大の影響を与えた翻訳小説をその翻訳化を軸に14エピソードとして展開したもの(2006/1/21)。
    • 『伊勢神宮:東アジアのアマテラス』千田稔
    • ★★『室町時代の一皇族の生涯:看聞日記の世界』横井清、講談社学術文庫1572、2002年11月、415ページ: 後花園天皇の実父に渡り、貞成(さだふさ)親王の詳細な日記を下に、当時の皇族の生活、幕府、内裏との関係を描いている。貞成親王北朝崇光天皇系の直系であるが、即位の流れの関係から天皇になれなかった。40過ぎるまで元服できない経済状態に苦し みながら、日々を風流に楽しみ、足利将軍や上皇の動きに一喜一憂し、息子がやがて、即位することになる。室町時代の上級公家がまるで、芸術活動と例祭が仕事であることがよくわかる(2005/5/3)。
    • ★★『漢字の字源』阿辻哲次、講談社現代新書1193、1994年3月、251ページ: 日本文化は、中国文化の影響を強烈に受けている、いわゆる漢字文化圏でのひとつである。 表現、思考法に漢字の影響は限りなく深い。本書は漢字の源流(特に甲骨文字)にいたる分析から読み解こうという著者の私論である(2005/4/16)。
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