2013年
1:放送大学試験4科目。試験はためになる。
2:ミャンマーに初挑戦。素朴で良い人たちだった。P2150635 P2160691
3:3月、4月は新プロセス展開のためのヘビーなWorkshopが続く。我ながら良く働いた。
4
  • 放送大学の面接事業で英仏100年戦争をみっちり学習。過去を見る私たちの目は”国民国家”観で固定されている。
  • 仕事の打ち合わせはパリ。PSGのショップで買い物。翌日はチャンピオンリーグと言うことで切符を売るダフ屋と遭遇。500ユーロで高いと言ったら直ぐに消えた。IMG_0225 IMG_0228
  • 巷で人気のLineを開始。なぜか速い。森川社長の話も聞く。
  • 放送大学で100年戦争の頃の英仏関係を学ぶ。国家をまず念頭に置くのが、如何に現代的な先入観かよく分かる。
5
  • 連休明けにフランシスコ・ベーコン展(近代美術館)と神社展(東博)を見る。神社の宝物は楽しい。
  • 放送大学面接事業『バスクとヨーロッパの文化地理』:遺伝子研究で今のヨーロッパの人たちの97%は、1万5千年前からこの地域に住んでいる。そこには現在の農耕・栽培、すなわち食文化も、インド・ヨーロピアン言語も存在していない。農耕は今のレバノンからアナトリアに繋がるいわゆるレバント回廊から入ってきたが、インド・ヨーロピアン言語の期限も現在では、アナトリア起源説が有力。即ち強力な農業・畜産文化を持つ人たちが入ってきて、その行動の文化とともに、言語も吸収したのが現在のヨーロッパの基底となっている。面白すぎる。
6月:昨年に引き続き環太平洋ビジネス学会に。今回は南アフリカのヨハネスブルク。初アフリカだ。この国の歴史、人々の人なつこさ、貧富の差を感じた。ブーア人の子孫の原住民との戦いの歴史を文化として根付けようと言う執念は凄い。オランダ人のアンドレが現地法人の社長をしているのでお世話になった。
8月
夏の大旅行。最初の週はフィンランドのヘルシンキとサンクト・ペテルブルグ。北の都は観光客であふれていた。ヘルシンキでは級友のヤンと食事。都も遠方より来る感じだ。ノキア発祥の工場も見て来た。次の2週間はフランクフルトで車を借り、ライン周辺の街を中心に5000kmの旅をした。ティエール、ルクセンブルク、ナンシー、メス、ジンハイム、マインツ、ストラスブール、ブザンソン、ディジョン、カールスルーエ、シュツッツガルト、ニュルンベルク、ケルン、アーヘン、メンヘングランドバッハ、カッセル、ゲッチンゲン、ダルムシュタット。頑張った。
9月:瀬戸内芸術祭で東の島を訪問。と言っても会期間なので空いていた。豊島で車を借り一泊。念願の犬島も見て来た。
10月:
  • 英国の友人の受勲祝いのパーティに出席。SG Warburgの日本社長だった旦那と外交官だった奥さん。二人とも日本びいきで英国における日本との交流を引っ張ってきた。よく遊んでもらった。白洲五郎が仲人という夫婦。パーティの参加者には麻生元首相など偉い人が多そうだったが、若者は少なかった。
  • 韓国への一泊電撃出張。イタリア人のボスよりだいぶ高い日航をつかったら注意された。
  • 友人の飯野氏が職場の傍に通勤用に立てた川越氏の新宅を拝みに行った。不動産物件つくりが大好きな本人。喜んでいた。
11月:
  • 藤枝に恒例のサッカー遠征。今年は小ぶりな市民グランドだった。ゴール前でパスを受けてGKとあわや得点の一対一を決められず、後半に2点取られ今年も負けた。
  • 冬も間じかの上海に出張。虹橋そばのオフィスとその界隈をうろうろした。日本人が多い高級住宅地区との事。日本と同じ寒さにやられ風邪を引いた。リニアはしっかり最高速度300kmに減速していた。
  • 母親の100日法要、父親の7回忌(六年目)を併集で行った。町田市内のお経の勉強会を熱心にしている女性住職のいる飛鳥寺。不肖の息子もこのときは駆けつけた。
  • 12月:
  • 浜松に四十雀の遠征で日帰り。相手はとても強かった。
  • 瀬戸内芸術祭に今年から加わった西の五島を見に行った。会期外と言うことで殆ど作品は見られなかったが、高見島、本島、粟島、伊吹島、そして今では島ではなくなっている沙弥島を制覇した。それぞれの島は過疎に悩んでいるが、芸術祭の場所としてのポテンシャルはある。帰りにはお米を買わせて頂いている善通寺の友人の妹さんの田んぼも見学した。
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