2002年の活動(更新:2008/01/05)
1月: 月末に会議でシンガポールに。この時期ははじめてだが、以外に過ごししやすい気候に驚く。ヌーベル・クジーン的なレストランが増えている気がした。
2月: ダイエー関係の本を読む。今となっては破綻するのはあたり前と言う感もあり、そのような指摘も出ていた。当事者にとっては分からないものである。浦安にも駅前のダイエーと海側のイトーヨーカ堂がある。明らかなビジネス・モデルの違い。浦安のダイエーは生き残るのか? ○ゴルフの練習を始める。
3月: 国立競技場で国会議員チームと試合。相手チームのラモス選手にマークされるも、中央突破でゴール!思い起こせば高校3年のときの教育大学対中央大学の対抗戦の前座試合で国立競技場でのプレー予定が 風邪で欠場して以来の実現。
4月: ワールド・カップに備えて大型薄型テレビの購入を検討していたが、最終的にプロジェクターを選択。使わないときは場所をとらないことと移動が可能、そして画面の大きさに対してはるかに安いことが選択の理由。○ 中ごろにサッカー練習中ついた指を捻挫。全治4ヶ月+。わかりかけてきたゴルフの練習を中断。
5月:連休中にADSLを設置。さすがに早くて快適。このスピードだと新しいサービスが質的に可能になりそう。ルーターの設定には手間取る のでIPを取得し、ハブを設置することに。
6月: いよいよやってきた韓日ワールド・カップ。86年メキシコ以来の5回目の観戦。観戦試合は:カメルーン・アイルランド(新潟)、アルゼンチン・ナイジェリア(鹿島)、イタリア・クロアチア(鹿島)、イングランド・デンマーク(新潟)、トルコ・セネガル(大阪)。 大阪への往復を除き走行距離は1200km程度であった。
7月:7月の最終日曜より2週間の北イタリア、南フランスのドライブ旅行。走行距離合計2500km。:
  • トリノ:サボアの首都。結構豪華で穴場か。豪華なカフェが町のいたるところにある。
  • ピエモンテ・ワインの中心Alba泊。Barolo、Barbaresco、Neive訪問。Barbarescoでは元銀行家で引退しワイン製造をイタリアでやっているスイス人と会い、彼の友達Guilio Grassoが作っているワインを買う。アルバの飲み屋で、NeiveのRocca MarioカンティーナのMarioの息子にワインをご馳走になる。マラガに住む英国人のワイン商人と4人で飲む。
  • Soriso:イタリア唯二の三ツ星レストランのひとつ。借りていたBMWのカーナビのおかげで到着。サービスがてきぱきしていてすごい。メニューではピエモンテ料理の鳩を食べてしまう。
  • 横浜マリノスにいた中村俊輔が移籍したRegginaがアオスタで合宿中。試合があるのを見つけて追跡。合宿のホテルは山小屋のようであった。Gazettaには20時半となっていた試合は実は18時から。俊輔は見られなかった。 俊輔の活躍を期待しよう。アオスタは物価が安かった。
8月:夏休み続き:
  • アオスタから南仏、カンヌに移動。フレンチ・アルプスを横断する。ナポレオンの越えたルートよりややイタリアよりを走破。長いドライブの後地中海が見えると感激。カンヌ泊。カンヌのハーバーには、はるばる英国、アメリカも含めた金持ちの大型クルーザーが停泊。
  • マルセイユ:フェニキア人が開いた、フランス第2の都市。お目当てのDivision 1のMarseille開幕戦は、ファンの暴力に対する処罰でリヨンで変則開設で見られず。この町には多くのマグレブ人たちが住み地中海の雰囲気が漂う。 地中海の色はすばらしかった。
  • Les Baux de Provenceを経由し、リヨンに移動。プロヴァンスの空気を一瞬吸う。新旧の町がうまく分離された計画的な街づくり、食の町に恥じない。丘の上のローマの古代 劇場も夏の間はコンサートに使われている。
  • アネシーを経由してGeneveで2泊。国連ジュネーブ本部と国際赤十字本部を見学。 オランダ人と並んでけちで最悪のネゴ相手といわれているスイス人。すばらしいものも作っている。そういえばカルヴィンもこの町で新教運動を立ち上げている。ルソーも一時避難している。東京での友人が仕事をこちらに替えたきたところで合流。
  • 最後のミラノで、車上盗難に遭遇。タイヤをパンクさせられ、その交換時の隙にやられる。カード、パスポート、航空券などが被害。芸術的な手口。犯人がアルバニア系か南米系かで現地 人たちの意見は分かれる。翌日ミラノ日本領事館で一時旅券を発行してもらい、何とか予定通りに帰国。
9月:陣内秀信氏の『東京』に触発され、荒川、江戸川、神田川日本橋川周遊を行う。秋葉原の万世橋、御茶ノ水の聖橋、後楽園の 渓谷を水から見る経験は驚き。飯田橋が交通の要所(水と鉄道の接点)であったことも発見。水が大きな要素であった、江戸をこんなにつまらなくしたのは、誰の責任?研究してみたくなる。
10月:英国留学フェアに母校のUCLが参加。時間を見てお手伝いに。建築、法律になどに興味を持つ多くの方の対応に追われた。私が留学したときは、とにかく英国に行きたい、という気持ちだけだったが、何をしたいかよく考えている人が多かった。でも、英語があまりできない人が多かったのも感じたこと。○特1級小型船舶操縦免許取得。教官たちの老年にはなったが、かつての海の男たちの指導に対する情熱を感じた。日本船を操縦する人の激減、商船大学と水産大学の合併など悲しい世の中だ。○塩野七生の『ローマ人の物語』文庫本第1期1~7巻まで読了(建国から、ポンペイウスの登場まで)。ハンニバルの野望が結果としてローマを大きくしたことがわかる。
11月:○1998年購入したSONYのバイオが壊れている。車に乗せるコンピュータとして使おうと、購入の際に5年間保障を契約した秋葉原の第一家庭電器に。行ってみたら、なんと倒産していた。○2週間クレルモンフェランの本社で研修。10カ国以上の管理職と会社の経営の各側面、グローバル化する組織の管理に関する問題などについて討論する。さすがに田舎生活は苦しくて、週末はパリに移動。パリ市立現代美術館でMatehw Barney;ポンピドーセンターでMax Beckmann展を見る。出発のとき車にパスポートと航空券を忘れ遅い便に乗って遅刻。おかげで川村記念美術館で食事できる。
12月:○トヨタカップ、レアル・マドリッド対オリンピア(パラグアイ)を見る。レアルの技のさえもさることながら、数10倍違う給料の差をものともせずに立ち向かうオリンピアになぜか感激。○ソフト化経済センターのソフト化大賞授賞式を見る。日本も捨てたものではない。なんて思ったのもつかの間、道路公団の民営化議論で天から金が降るごとく振舞う道路族に落胆。次世紀の日本人は、彼らが国を滅ぼしたと、論評するのであろうか?
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